江戸時代、百姓にとっての林野

江戸時代、集落や耕地の外延部には林野が広がってました、百姓たちにとって、林野は、食料、燃料、肥料、建築用材などの供給地でした。

そして、林野の多くは共有地でした。ひとつの村あるいは複数の村どうしで共同所有することが一般的でした。

また、屋敷地や耕地の周辺に拡がる林野は、村と村の境界になってることが多かった。なので、林野がいずれの村の領域に属するかは、百姓にとって大問題だったようです。

とりわけ、戦国時代から江戸時代前期には、林野をめぐる村同士の争いが頻発し、実力行使によって解決されることも多かったようです。

髙橋ファーム

農薬、化学肥料、除草剤、不使用のお野菜を栽培、販売させてもらってます。 日常の畑作業をご報告させていただきます。たまには、脱線した話題も…。 【注】 アメブロからこちらに引っ越してきました。一部の過去の記事もアップさせてもらってます。 その他の記事(アメブロ時代)にご興味のある方は『過去の記事一覧』へとおすすみください。

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